小説34
1.
生まれた時のことを覚えている。
二十三年前のクリスマス。
冷たい光に包まれて、オレはこの世界に生を受けた。
その時すでに違和感はあったんだ。
何かがおかしい。
その違和感の源がはっきりとしたのは弟が生まれた時だった。
弟の誕生日は大晦日で、出産にはオレも兄として立ち会っていた。
「除夜」「除夜ちゃん」
オレの両親は自分たちがつけた名前を無視して「大晦日に生まれたから除夜」なんてふざけたことを抜かす。
名前。
オレたち兄弟の名前は、生まれる前から決められていたらしい。
それこそ受精卵が発生する前に。
世界から最初に与えられたもの。
拭い切れない違和感の根源……。
名前に対する違和感はいつまでも消えなかった。
名前を呼ばれてもそれが自分のことだといつまでも納得できなかったし、成績も悪かったので自然と教師たちもオレを見放した。
オレは学校で一番成績が悪い生徒だったが、それはなにもわからなかったわけじゃない。
自分が間違っていると思ったことなど一度もない。
オレは正しくて、間違っているのはこの世界だと確信していた。
間違った名前を与えられたオレと弟は、誕生の瞬間から世界に見放されていたのかもしれない。
しかし弟は「除夜」という新しい名前を与えられているのだ!
いっそみんながオレを「クリスマス」と呼んでくれたならばどんなに幸せだっただろう。
しかしそれは望むべくもない。
オレは孤独だった。
だけど。
あの人と出会って、初めてオレは自分が間違っていたのかもしれないと思った。
オレもこの世界も間違っていて、あの人だけが正しいのかもしれないと思った。
あの人は生まれた瞬間「ハレルヤ!」と叫んだんだったっけ?。
あの人のことならばありえると思ってしまう。
だけどあの人がキリスト教の神を信じてるというのも少しおかしいか。
やっぱり違う人の話だったかもしれない。
もしかしてクリスマスに生まれたオレの記憶か?
いや、オレはそんな器じゃないし、生まれた時のことをはっきりと覚えている……。
とにかく。
反転した獣の数字を名に刻む世界で最も美しい人間。
神通理気を使いこなし論理階梯を走り抜けるS探偵。
九十九十九にオレは出会ったんだ。
「九十九さん、『総合殺類鬼《ジェネリック・マーダー》』の事件についてのオレの推理を聞いてくれますか? まだ思いつき程度なのですが」
「ええ、お願いします」
「光栄です。しかし前々から疑問に思っていたのですが、九十九さんはどうしてオレなどの推理を聞いてくれるのですか? 九十九さんほどの探偵ならオレの話など聞かなくとも……」
「貴方は自分を過小評価しているようですね。貴方の推理は誰よりも論理的ですよ。貴方に匹敵する探偵など、レムリア・サリヴァンくらいのものでしょう」
「ええっそんな、いくらなんでも褒めすぎですよ」
『闇夜の騎士』ことレムリア・サリヴァンは、『リバース推理』を使いこなし事件発生前から事件を解決するとさえ言われている正真正銘のS探偵だ。
そんな神にも等しい探偵とオレが同格?
いくら『探偵神』の言葉とはいえ軽々に信じられるものではない。
「いえ、褒めすぎなどではありませんよ。多くの探偵は実際には存在しない『謎』のことを考えることしかできません。時に真実に到達することもできますが、端的に非効率です。しかし貴方は違う。貴方はいつだって最速か、悪くても一手損で解決に向かっています。それでは、推理を聞かせてもらいましょうか」
「……はい!」
オレの名前はピラミッド水野。
『世界最後の探偵』なんて似合わない役を押し付けられてしまうことになる、JDC第三班所属の『超迷探偵』だ。